『あきない世傳 金と銀』(高田郁著、第8巻、角川晴樹事務所、2020年2月刊)は、令和2年の今回の厄災を予言するようなタイムリーな内容です。
「五鈴(いすず)屋」の女主人・幸(さち)は、『都鄙問答』を読んで開眼
天満の商家「五鈴屋」の七代目・幸は、石田梅岩『都鄙問答』を読んで商売に開眼しました(第3巻、2017年2月刊)。
幸は「買うての幸せ、売っての幸い」を商家の家訓と定めます。この言葉は、梅岩先生の「先も立ち、我も立つ」と重なり合っています。
幸は、強欲な前夫が、取引先に対し人道に反する商売の仕方を見て、「この男の頭の中に『都鄙問答』を彫り込んでやりたい」(第3巻、276頁)と思う程に、『都鄙問答』に惚れ込み、自身の信条である商人道により一層磨きをかけて実践してきました。
ひとりが独占するのではなく富は皆で分け合う
幸は「ものを作り、運び、売る。その工程で多くのひとが携わりながら、冨が僅か一握りの者に集中するとしたなら、どうか。真っ当な仕事が評価されなければ、良いものを我が手から送り出そうと努めることが虚しくなりはしないか。少なくとも、そうした遣り方では、百年続く商いになりようがない」(第8巻、39頁)と考えます。この言葉は21世紀、今の世の経営者が何十億も年俸を得る、西洋型資本主義への警鐘の言葉です。日本企業にもこのようなマネーゲーム化した資本主義を目指す経営者も現れています。百年企業を輩出する日本型経営とは対極的存在です。貧富の格差が縮小する社会の仕組みに正していかなければなりません。
疫病の流行は必ず訪れる
第8巻は、江戸へ出店して1年半。初年度に創意工夫した新商品・小紋の着物が当たり商売が順風に行きかけたときに、麻疹(はしか)が大流行する。6月から「麻疹で命を落とす子どもは増え続け、止(とど)まるところを知らない」(同70頁)。「じきに神田祭(9月15日)が開かれるというのに、常のような高揚は見られない。夏からの麻疹の流行に江戸中が疲弊しきっていた」(同85頁)。
なお別の文献では、麻疹は20年に一度くらい流行し、致死率は3%。この年(宝暦3年、1753年)4~9月に流行したとある。約半年間、消費がピタっと止まったのでした。
経営危機のときにこそ家訓に還る
何もかも売れない中、「五鈴屋」の店頭は賑わっていました。
麻疹の魔除けとして、子供が鉢巻をすると直るとの評判が立ちました。子供の為なら大枚を払ってでもという親の弱みに付け込んで暴利をむさぼる業者が出る一方で、「五鈴屋」は1反百匁(約20万円)の小紋を、鉢巻用として1匁半(約3千円)で切り売りしました。手間を惜しまず、病気平癒の願いを込め、気持ちよく応対したために評判を高めたのでした。初代店主の「神仏に恥じることのない正直な商いを」という訓えが、経営危機のときに生かされました。
そして、このようないつ訪れるかわからない経営危機に備えて、利益の一部を積み立てておこうと、幸は誓ったのでした。
疫病に伴う経営リスクを乗り越えて、更に成長を遂げる「幸」に学ぶ点が数多く気づかされる、『あきない世傳 金と銀』をお勧めします。
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