現代に不祥事が多い要因と解決策 昨今の企業、組織、個人の不祥事を挙げるときりがない。 いま一度、自身を取り巻く社会の課題を正すべく、「ならぬことはならぬ」と言い続けていかなければならない。
自由経済体制が確立された江戸時代にも同じような問題を起こす人もいたことであろう。商人道の祖と言われる石田梅岩は『都鄙問答』を著し、「商人の道を知らざる者は、貪(むさぼ)ることを勉めて家を亡ぼす。商人の道を知れば、欲心を離れて仁心を以って勉め道に合(かの)うて栄(さか)ゆるを学問の徳とす」と警鐘を鳴らしている。 一方で、梅岩は「利益を得るは商人の道なり」「商人の買利は士の禄に同じ」と言って、利益を得ることを積極的に奨励している。 要は、得た利益をどのように使うかという、その使い方を戒めているわけである。
このようなありがたい教えを、残念なことに現代の企業家たちは知らずに経営をしているところに、近年の様々な不祥事が起こっていると言っても過言ではないだろう。 それは、一方では残念なことに、そのような「商人道」を語った古典に触れる機会がなかったからだとも言えよう。江戸時代の古典を原文で読む機会は殆どの人にとって縁のないものと思っているだろう。古典を読む力ない、読む能力はあっても時間がない、興味はあっても良き書物に触れる機会がない。様々な理由があろう。
しかし、ここにそのような思いを持つ人にとって、格好な書物がある。企業人、とりわけ経営者、経営幹部を目指す人にとって、石田梅岩を知る、及び彼の著書『都鄙問答』を知るための佳書を紹介したい。それは2005年に日経ビジネス人文庫より発刊された『都鄙問答~経営の道と心』(由井常彦著)である。難解と言われる『都鄙問答』を、これほど分かり易く解説している本を私は他に知らない。 『歴史が語る日本の経営』(2015年11月発刊)も、この『都鄙問答』と併せて読みたい書である。
本書の構成 本書の構成は、序章「経営の聖典『都鄙問答』」と第一部「現代に読む『都鄙問答』、第二部「道と経営の心をたどる」から成っている。(終章:『道と心の経営』は生きうるか)) 序章で著者は、『論語』、『福翁自伝』、松下幸之助の『道をひらく』などをあげて、「どれほど経営の思想、理念や教訓の書が多くあるにせよ、日本の経営の道、ビジネスマンの心の究極を説いたことにおいて、『都鄙問答』をこえる普遍性をもっている書物は、ほかにありません」とまで言い切っている。 第二部の「道と経営の心をたどる」では「日本の経営思想や倫理観の変遷」について、次のようなストーリーである。石田梅岩の生涯より説き起こし、/心学の商人道がどのような形で普及し、/その教えが国民的道徳観にまでいかに成長したか、/そして明治から現代にいたるまでの経営倫理の発展、/その底に流れるものを説き起こし、将来への展望を語っている。
著者は「『都鄙問答』や心学が、思想の名に値するならば、ビジネスに関わる人々の不安感や焦燥感に対して、心の安定や平和をもたらすものでなければならない」と前置きした上で、梅岩学の究極の本質を次のように語っている。 「『都鄙問答』は庶民を相手に、日常の物事を卑近に解説する。その具体性と実用性に本領がある」「しかし『性理問答の段』だけは違う。この段があってこそ『都鄙問答』がビジネスマンにとっての聖典となり、不滅の書として後世に読み継がれている」。
本書は梅岩学、『都鄙問答』を横糸に、経営思想・倫理観を縦糸にして織った、由井氏独特の織物と言えよう。『都鄙問答』をこれほど平易に、かつ経営的に語った書を、私は他に知らない。 不祥事の絶えない社会への示唆 最後の章で、石門心学は「いまだに何らかの教訓・示唆を与えうるものだろうか」という自問に対して、「教育勅語や報徳運動は、戦後かえりみられなくなりましたが、石門心学はそれが持つ、より根源的な哲学と、文字通り“心”にうったえたものであったため、生命力が維持された」と語っている。
企業や社会に不祥事が絶えない現代において、石田梅岩の思想になじみ伝えていくことは、この『都鄙問答』を知った者の使命である。 当書は私たちが石門心学と共に歩むべき道に、大きな勇気を与えてくれている。
由井先生との面談の機会を得て 私は2015年に、本書を読み由井先生を三井文庫に訪ねて情報交流を行い多くの面で一致点を見出せた。大変巾広い豊富な経験をお持ちであり、かつ気さくなお人柄だ。 本年2月、来阪され昼食を共にし、心学に関するご高説を伺い、夜の心学明誠舎の早春セミナー(講師:桂川孝裕亀岡市長、石田梅岩先生顕彰会理事長)までご一緒した。87歳になられるが、現役として活躍されているお姿は、人生百年時代のお手本である。
◆著者略歴 1931年長野県生まれ、東京大学大学院経済学研究科修了。元明治大学経営学部教授、経営史の専門家。現在は、明治大学名誉教授。学問の世界を一貫して歩み、三井グループの象徴である「三井文庫」(総資産百数十億円)常務理事・文庫長を勤める。学者であり、かつ経営にも精通している。
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